月夜にワイン

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久しぶりのワイン会で感じたこと。

「自分に自信がない」ということを一番実感するのが、母とワインのテイスティングをしているとき。
母が「おいしい」と思ったワインに対して、私も同じように「おいしい」と思えないことが時に不安で、
やっぱりこの仕事は私には向かないのでは、と堂々めぐりが始まります。

つい先日の週末試飲でもこの「おいしい」がかみ合いませんでした。
「母がおいしいと思うワインを同じように思えない私はダメなのだ」と、一回このループに入るともうだめです。

部屋の隅っこでいじいじする私に対して母が言うことはいつも同じで、
「あんたのその考え方うっとうしい。」です。

鬼かよ。母親なら優しく抱きしめてよね。

そんなやさぐれ期間中に参加した、とあるワイン会。
登場するのは、名前は聞いたことがあるけれど見たことも飲んだこともないワインたち。
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ワインの名前を伏せて注がれた1本のワイン。
熟成感もあるけれど、まだ芯もあって若々しさも感じる。とても飲み心地が良くて、香りはうーん、わかめ?鉛筆?かな。
でもおいしい。おいしいのはわかる。

そのワインは、シャトー・ムートン・ロートシルト1970でした。
50年も前なのに、未だに張り詰めたニュアンスをかすかに覗かせる味わいの奥行きに驚きました。

その時、なぜか急に強く思ったのが、
「もし私が同じワインを10年後20年後に飲んだ時、今と同じ感想は出ないだろうな」
ということでした。
粗削りな感想も、感覚的な言葉も、とれる香りの幅も、味わいの範囲も。
10年後の私は、もっと成長してるだろうし、劣化することもあるだろうし、もっとかっこつけたことを言うかもしれない。

今の私は、今しかいない。
なぜだか分からないけれど、その意識がぱっと芽を出しました。
(これがムートンの力なのか・・・・?)



私は自分が思う以上に、
人の言葉や、ラベルや、価格でワインを飲んでいたことを、真正面から突き付けられたようでした。

「あの人が言うから、おいしいと思わないといけない」
「みんなが美味しいって言うから」

そうやって思っていたのは自分に自信がないからではなく、
自分の感性でワインを味わって感じたことを、誰かに否定されたくなかっただけなのかもしれません。
プライドが高いことを、自信がないという言葉で隠していただけ。

今しか感じられないことをもっと大切に積み上げていかなければ、
借り物の言葉でしか伝えられない人間になってしまう。

自分の感性に素直に向き合うことを真剣にはじめようと、強く思っています。

私の考え方って、
本当にうっとうしかったんですね。



\(-ω-;)...ハンセイ
by wineID | 2019-09-12 18:28 | ワイン