月夜にワイン

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それは話がちがう。

今日のスカーレット。

誰にもおうかがいを立てなくていい自由を知った喜美子。
旦那さんを立てるのが幸せだと言う照子。

現代女性の生き方を真正面から問うような2人の掛け合いに、胸が熱くなりました。

登場人物ひとりひとりが抱える悩みが、それぞれお互いのことを思ってるからこそどうしようもなくつらい・・・。
まっさらな気持ちで「自分は自分」なんて、無責任に言えないよなぁ。

我が家では、現実的な家人が「どんなことがあろうと子どもための積立に手を出すのはない」と喜美子を一刀両断。
夢見がちな私は「やりたいことやりぃって言ったの八郎じゃん。なんなん八郎。」と喜美子の味方。


けれど、今朝の放送での衝撃。
たけし連れて出ていくわ。って啖呵切った八郎だったはずなのに、

「たけしはうちで預かってんで」と照子からの衝撃発言。

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「八郎、それは話がちがう。」

と、途端に八郎に怪訝な表情を向ける家人。
わたしも思うよ。八郎あんたってひとは・・・



ほんとうに、自由は不自由やー。

by wineID | 2020-01-30 12:36 | 日常のあれこれ

自分の木の育て方

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奈良にある「くるみの木」創業者、石村さんのおはなし。

「生活は仕事。仕事は生活。」
両方の車輪がうまく回ってこそだということを、やわらかな言葉で教えてくれる本です。

今の私に響く言葉ばかりで、出会えてよかったなぁと思いました。

よーし、がんばるぞっ (`ω´)キリッ‼と前向きな気持ち120%で家に帰ったら、
ティッシュをズボンのポケットに入れっぱなしで洗濯したことについて、洗濯担当の家人に怒られました。
もう三十路なのに。しょぼんぬ。

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ちゃんと暮らすって難しい・・・・。

by wineID | 2020-01-28 19:02 | 日常のあれこれ

気をつけなはれや。

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寒い日に食べたくなるのが、あんまん。

のどごと溶かす気か?!

ってくらい熱いあんに冬を感じます。

by wineID | 2020-01-27 18:33 | 日常のあれこれ

優しさがほしい。

昨日は、旬の山芋をたっぷり食べよう!と思ってスーパーへ山芋を買いに。
とっても美味しそうな1本を吟味して、ほくほくしながら帰ってきました。
さて!料理しよう!と、買い物袋を開けたら山芋がない。

これは・・・

カゴに置いてきたパターン・・・・

やっちまったΣ( ̄ロ ̄lll)


あぁ・・・わたしの山芋・・・・。



こんな時は、ぺこぱの優しさが身に沁みる....

優しい人はだれ?って聞かれたら、今なら「ぺこぱのしゅうぺい」って言う。

by wineID | 2020-01-26 11:33 | 日常のあれこれ

心の傷を癒すということ。

NHKで始まった土曜ドラマ、心の傷を癒すということを観ています。
阪神淡路大震災の折、被災した方々の心のケアに尽力された精神科医、安先生がモデルのドラマ。

このドラマを観るまで、安 克昌さんという精神科医の先生がいらっしゃったことを存じませんでしたが、
ドラマの原作でもある彼の著書『心の傷を癒すということ』の本文に書かれていた文章が印象的でした。


これまで日本の社会は、人間の「力強さ」や「傷つかない心」を当然としてきた。
しかし今後、傷ついた人が心を癒すことのできる社会を選ぶのか、それとも切り捨てていく厳しい社会を選ぶのか?
やかて被災地は、復興へと向かっていく。
しかし、〈心の傷〉を見て見ないふりをして前進することではないだろう。
多数派の論理で押しまくり、復興の波に乗れない“被災の当事者”でありつづけている人たちを、忘れ去ることではないはずである。
“心の傷を癒すということ”は、精神医学や心理学に任せてすむことではない。
それは社会のあり方として、今を生きる全員に問われていることなのである……




多くは語らないけれど、たまに話すセリフがとても優しくて落ち着きます。
「心の傷を癒すということ」はどういうことなのか。

安先生を通して、なにかひとつ誰かの力になれる種が見つかればいいなぁ。

by wineID | 2020-01-25 13:02 | 日常のあれこれ

へたこいた金曜日。

今日はへまをしてしまい、用もないのに修善寺へ来てしまいました。
まさか今日が24日だったなんて・・・まだ1月15日くらいの気分でいました。猛反省。

せっかく修善寺に来たのにとんぼ返りも悲しいので、ずっと気になっていたイズシカそばを。
修善寺駅改札前の売店で食べられます。

この食堂、昼時は近所で働くひとたちでにぎわっていて、
夕方になるととにかくお腹がすいた高校生たちが、特大のフライドポテトを食べている風景があったり。
働いてるお母さんたちの活気もいい感じです。
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修善寺駅周辺はおすすめスポットがいろいろあるので、時間を見つけてぷらりと写真を撮りに行かなきゃ~~。

by wineID | 2020-01-24 14:11 | 日常のあれこれ

オーストラリア森林火災

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今週末の試飲では、オーストラリアのワインをご紹介いたします。
それに合わせて、オーストラリアワインについて販売価格の5%を森林火災へ寄付することにしました。

窓口はWWFジャパンさんです。
日本円で寄付できるのが分かりやすくていいなぁと思いました。

ささやかではありますが、よろしくお願いしますm(__)m


by wineID | 2020-01-23 11:36 | 日常のあれこれ

がんばるとりちゃんのたまご

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1月20日は大寒。
この日に産み落とされた卵を食べると、何かにいいらしい。

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このサイトによると、↑こんなことが書かれていました。


「今日は大寒だから、たまごだよ(๑• ̀д•́ )✧ドヤッ!!!」
と、昨年に引き続き、けさたまの自動販売機で母が買ってきたたまご。

母と共に生きて30年が経ちますが、
昨年から登場した新習慣にとまどいつつも、有難くいただいております。


by wineID | 2020-01-21 14:50 | 日常のあれこれ

私たちが失くしてはいけない時間

夕暮れの陸前高田。
家に帰ったら、押し入れにしまいっぱなしの長田弘さんの詩集を読もう。
ゆっくりと、読もう。
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『しののめの木』 長田弘

ふだんは忘れている。しかし、絶対に失くしてはいけないという時間がある。
夜が明けそめてくるすこし前の、周りをつつんでいた暗い布が不意に透き通ってゆき、
木のかたちをした闇だけが濃い影になってのこっている、薄明の時間。

しののめの時刻、木々たちは、まだ、葉も枝も幹もわかちがたく漆黒のかたちをなしたまま、
そのかたちのなかに、夜の記憶をやどしている。

夜、木々たちはとても雄弁だ。
深いしじまのことばを集めて、さざめきのように話す。

夜の終わりが近づくと、木々たちは口を噤む。
気がつくと、夜の空が遠くから藍色に変わってきていて、
木々たちの枝々のずっと先に、
うすぎぬのような光の織物が、うっすらとひろがっている。

夜でなく朝でない時間のなかに、
しののめの木々たちだけが、原初の時代の巨人たちのように突っ立っている。
わたしたちが失くしてはいけない時間が、そこにある。
敬虔な時間が、そこにある。







by wineID | 2020-01-20 17:22 | 日常のあれこれ

あの頃の私に会えるなら。

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お正月休みは陸前高田へ行ってきました。
参加者が少ないということもあり、小正月を祝う獅子舞に踊り手として参加。
この三十路が踊ってご利益あるのか・・・(笑)

仮設住宅はほとんどが解散となり、高台にて新しい生活をはじめた町内のひとたち。
その一軒一軒を獅子舞と共に回っていきます。
「うちにも寄ってって!」と声がかかれば、その声のほうに行ってまた踊る・・の繰り返し。
結局最後までわたしの踊りはへっぽこのまま。
体育の授業にダンスがなくてよかったと強く思いました。

他の部落でも獅子舞をやっているようで、遠くから太鼓と笛の音が響き合っていました。
いいなぁ、日本のお正月。
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1年ぶりに訪れた陸前高田は、道の駅が新設され、海のそばには新しい献花台がありました。
その海を見ながらぼーっと考えたことは、
いつから私はものごとに「意味」を求めなくなったのか、ということ。
意味のある経験、意味のある人付き合い、
意味のある勉強、意味のある旅行。
何かにつけて私を動かす動機は「意味」でした。

でも、いつからか、私は意味を追わなくなった。
はじまりには終わりがあることを、昔よりも身に染みて感じるようになったからかもしれません。

愛おしむべきは、ただ目の前にあるこの時間。

この街に出会った頃の私は今よりもっと無邪気で、いろんなことを取りこぼしてしまっていたと思う。
あの頃の自分に会えるなら、
「ただ純粋に今を見つめることだけに心を尽くしてね」
と背中を押してあげたい。

獅子舞が始まる前、町内会長の掛け声で海に向かって数分間の黙祷。
とてつもないせつなさと向き合い続ける人たちが生きる街であることを、まざまざと思い出す。

本質的なものがすべてある場所。
そして、これ以上ないほど、がむしゃらに生きた自分に会える場所です。



by wineID | 2020-01-19 17:22 | 日常のあれこれ